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わずか10cm前後の木彫像に仕上げる小さな木彫りのアート。手のひらサイズの繊細美。極小仏 十二神将立像 じゅうにしんしょうりゅうぞう 仏像 木彫像 フィギュア インテリア
商品名 極小仏 十二神将立像 商品サイズ・重量 商品説明文をご覧下さい。 素材 ツゲ 商品について のご注意 ・商品写真は実際の商品の中から無作為に選んだものを撮影しております。 ・商品は一体一体手作業で仕上げを行っており、高レベルな均一化を図っておりますが、まったく同一の商品はございません。また、木目や表情などが一体、一体異なります。 ・表示寸法と実際とは若干誤差が生じる場合がございます。 ・商品はWEB画面上と、実際の色と異なる場合がございます。極小仏 十二神将立像 (じゅうにしんしょうりゅうぞう) 自由な肢体表現が魅力の傑作 奈良の寺院が所蔵する『重要文化財 木造十二神将立像』をモデルに10cmにも満たない極小サイズで彫り上げた木彫像です。モデル像は鎌倉中期の作とされ、誇張的で自由な肢体表現で他の十二神将像とは一線を画す傑作です。 各仏像紹介 十二神将の筆頭。口を開け、斜め上を見上げる得も言われぬ表情が特徴。振り上げた左腕の鰭袖(ひれそで)は、布がひるがえる一瞬を見事に捉えています。 牛を配した炎髪(えんぱつ)としかめ面で怒りを表しながらも、二本の指を口に向け、腰をくねらせ踊るように右足を踏み出す様がどこかユーモラスな像です。 悪鬼を威嚇するかのようにカッと口を開く憤怒の表情。右手人差し指で地を差し、胸前にかざした左手のひらを上に向けて佇む姿に、護法善神の風格が漂います。 高さ94×幅48×奥行29mm 重さ26g 高さ88×幅37×奥行36mm 重さ26g 高さ90×幅45×奥行30mm 重さ22g 口を強く結び、遠くを見るような視線が趣き深い像。脛当てや袴を身に着けず裸足のままという、十二神将としては異例の表現が最大の特徴です。 逆立つ炎髪、力強い眼光、口を真一文字に結んだ雄々しい姿から漂う抑えがたい憤怒。甲冑の肩に配された獅噛(しがみ)(獅子の顔を意匠化したもの)が特徴です。 結い上げた髪に蛇を配し、しかめ面に手をかざして仏敵を探すような仕草が見どころ。鉾を持つ右手と一歩踏み出した左足に静かな緊張感が走ります。 高さ89×幅43×奥行35mm 重さ25g 高さ89×幅40×奥行30mm 重さ19g 高さ88×幅65×奥行50mm 重さ26g 右手は腰に、左手は空を突き、見開いた眼で天を仰ぎ仏敵を前に気炎を上げるような姿。下衣なしで甲冑を身に纏い、素足に沓を履く特異な姿が印象的です。 腕を組んで頬杖をつくタレ目の顔と、腰を捻りかかとを上げた左足がなんともユーモラス。髻の羊もどこか愛らしい、神将像としては珍しい造形です。 弓矢を手に片目を細めて狙いを定めるようなポージング。悪を打ち抜かんとする緊張感と、得も言われぬ表情、炎髪から覗く猿の愛嬌との対比が面白味のある像です。 高さ96×幅42×奥行27mm 重さ21g 高さ84×幅30×奥行30mm 重さ19g 高さ88×幅35×奥行37mm 重さ21g 下唇を噛み、下方を睨みつけ振り上げた右の拳に武神ならではの強さを感じます。捻った腰、たなびく裳やよじれた天衣など一瞬の動きを見事に表現した像です。 犬が配された道教の神のような冠に、長い顎鬚と皺を寄せた眉間、目を細め憂いに満ちた表情は、他の神将にはない異質な雰囲気を感じさせます。 硬い表情で両腕を交差し、斜め前方を指差す姿に独特の緊迫感を感じる像。十二神の殿(しんがり)としての責任感や大将格の誇りが滲み出るような貫禄を放ちます。 高さ90×幅44×奥行50mm 重さ28g 高さ89×幅45×奥行29mm 重さ26g 高さ86×幅33×奥行26mm 重さ18g ※サイズと重さは本体部分のみを表記しており若干の誤差が生じる場合がございます。台座は12体共通:高さ7×幅42×奥行35mm 十二神将とは? 天部の神々である十二神将は仏教の護法善神で、薬師如来の眷属として薬師如来「十二の大願」に応じ、昼夜十二の刻、十二の月、十二の方角を守ります。十二の大将それぞれが7千、総勢8万4千もの眷属夜叉を率いて、人間の持つ煩悩を打破する役目を持つとされます。 仏像の持つ繊細な美を小さな木彫像で再現 極小仏像コレクション 2018年4月、株式会社MORITA創業50周年企画としてリバイバル販売した『極小仏』。多くの反響をいただき、その人気は入荷待ちを繰り返すほど。そしてこの声にお応えし、新たな極小仏シリーズをラインナップいたしました。 長年培ってきた仏像制作の技術と経験を結集 サイズの制約を超越した優れた造形とお求め安い価格を同時に実現した『極小仏』。実物のイメージそのままの造形バランスで、わずか10cm前後の木彫像に仕上げ、素材は細密彫刻に適したツゲを用いました。 像に施された上品な金泥は、仏像彩色の俊英 篁千礼氏監修によるもので、金泥彩色は、篁氏監修のもと、仏像ワールドの姉妹ブランド「イスム」の工房が担当。 わずかなサイズに仏像ワールドのノウハウを詰め込んだ、自信を持っておススメできるコレクションとなっています。 まだまだあります! ▽▼▽ 極小仏一覧はこちら ▽▼▽ 姉妹店 ▽▼▽ イスムの一覧はこちら ▽▼▽
242000 円 (税込 / 送料込)
【山口県萩市】若き日の吉田松陰先生の銅像が令和4年3月、交友館に建立されました。この銅像のミニチュア版を置物として販売しています。お家のインテリアとして飾って頂けます【ふるさと納税】吉田松陰先生 ブロンズ像 置物 インテリア 雑貨 オブジェ 銅像 ミニチュア プレゼント ギフト プチギフト 贈り物 お土産 おみやげ 山口県 萩市 日本製 国産 かっこいい 和風雑貨 人気 お祝い 誕生日 記念日 誕生日プレゼント おしゃれ お洒落 おしゃれ雑貨
内容本体:ブロンズ・彫 刻/田畑 功氏(日展会員/審査員 日本彫刻会会員/審査員) 台座:御影石・台座揮毫/上田俊成氏(松陰神社名誉宮司)桐箱付き ■寸法/重量 (寸法) ・本体:高さ37cm / 幅17cm / 奥行16cm・箱:高さ47cm / 幅23cm / 奥行22.5cm (重量) ・本体:約4kg・台座:約2kg 受付期間通年 配送方法通常便 お届け時期通年 事業者株式会社ショウイン 備考※画像はイメージです。 ・ふるさと納税よくある質問はこちら ・寄付申込みのキャンセル、返礼品の変更・返品はできません。あらかじめご了承ください。吉田松陰先生 ブロンズ像 置物 インテリア 山口県萩市「松陰神社」ご協力のもと、松陰神社所蔵の「吉田松陰先生自賛肖像」をモチーフに、 若き松陰先生の銅像が令和4年3月、交友館(萩市土原)に建立されました。この度、この銅像をミニチュアのブロンズ像として完全再現致しました。吉田松陰先生に触れ、「志」を新たにした証として、末永く大切に保有していただける方に限定でご提供させていただいております。 向かい風に負けず前に進む松陰先生。風で袴が揺れる様子など随所に職人の技が加えられています。 寄附金の用途について 萩市発展への投資 未来を担うひとを育むまちづくりへの投資 魅力ある歴史・文化・自然をいかしたまちづくりへの投資 子育ての幸せが実感できるまちづくりへの投資 産業活力が溢れるまちづくりへの投資 受領証明書及びワンストップ特例申請書のお届けについて 【受領証明書】 受領証明書は、ご入金確認後、注文内容確認画面の【注文者情報】に記載の住所にお送りいたします。 発送の時期は、入金確認後1~2週間程度を目途に、お礼の品とは別にお送りいたします。 【ワンストップ特例申請書】 ワンストップ特例をご利用される場合、1月10日までに申請書が下記住所まで届くように発送ください。 〒758-8555 山口県萩市大字江向510番地 萩市産業戦略室 宛 マイナンバーに関する添付書類に漏れのないようご注意ください。
1000000 円 (税込 / 送料込)
大金運をもたらす高野山伝燈大阿闍梨・菅澤照真師開眼入魂「龍神」純銀製24金鍍金
◆ 材質:純銀(SV925)製24金鍍金 ◆ 高さ:34mm ◆ 重さ:約51g ◆ 天然木曾ヒノキ製5勺枡付 ◆ 菅澤師の自坊でも本龍神が祀られています ★ 激しい金運をもたらす龍神 いま龍神ブームです。書店には龍神の本が並び、多くの有能なビジネスマンが龍神の力を活用して成功しています。龍神を祀る箱根山中の神社の月次祭には、遠方から大勢の経営者が集まります。 弊社では縁あるお客様に、龍神の激烈なる金運パワーを体感いただきたく、ご自宅に安置できる本格的な龍神を用意いたしました。高名な造形作家・津田潔志氏が作り上げた傑作品の龍神像を、高野山伝燈大阿闍梨・菅澤照真師にお願いして開眼入魂していただきました。極めて希少な本格版で、他では手に入りません。 開眼とは心の眼を開き、魂を込めること。「性根」が入ることで、単なる美術工芸品でなく、持つ人を本当に守る龍神となります。菅澤師は「八大龍王」として開眼入魂しています。仏法を守ると誓いを立てた善なる龍神であり、安心して縁を結ぶことができます。★ 「経営の神様」の守護神 一代で世界的企業グループを築き上げた「経営の神様」松下幸之助の守護神は龍神でした。和歌山の生家で祀っていた龍神を、大正7年(1918年)に20代の若さで会社を創立したとき祀ったのです。幸之助の会社は昇龍の勢いでどんどん成長を続け、新しい工場や事業所を開くたびに龍神社を建立して100ヶ所以上になりました。幸之助の西宮の本宅にも龍神が祀られています。各地の龍神社は、幸之助が軍師として招いた真言宗僧侶の加藤大観師が勧請したものです。 日本を代表する成功者である幸之助は、「運」を重んじ「運」を徹底的に探究しました。入社面接で「あんさんは運がよろしいですか?」と質問して「運が悪い」と答えた人は、どんなに学歴があっても即不採用になった話は有名です。成功するかどうかは「90%は運」と語っています。むろん幸之助は、会社を発展させるため努力を積み重ねたわけですが、それでも晩年に「しみじみ運命やと思うな」と述懐しています。 事実がすべてを物語ります。★ 北条氏の栄華と龍神 鎌倉時代に日本を統治した北条氏を守っていたのは龍神でした。北条氏の家紋である「三つ鱗」は龍神の鱗です。 『太平記』巻五に次の記述があります。 「鎌倉時代のはじめ、北条時政は江の島に参籠して子孫繁栄を祈り続けた。21日目の満願の夜、赤い袴を着た、威厳があって容姿端麗な女性が忽然と時政の前に現れて『子孫は永く日本の支配者となって栄華を誇るであろう。しかし正しい行いをしなければ七代以上続かない』と告げて去った。時政が姿を追うと、女性はたちまち二十丈(60メートル)もの龍となって海中に姿を消した。現れた跡を見ると大きな鱗が3つ落ちていた。時政は『所願は成就する!』と喜び、その鱗を紋にしようと旗に押しつけた。三つ鱗の紋がそれである」 太平記は、北条家が七代を過ぎてもなお天下の権を握っているのは、このとき現れた龍神(江の島弁財天)の御利益であると記しています。北条氏の血は現代に至るまで脈々と受け継がれています。★ 伝燈大阿闍梨が直々に開眼入魂龍神を開眼入魂した菅澤照真師は、伝燈大阿闍梨(でんどうだいあじゃり)の位を持つ、潮音寺の住職です。高野山の伝燈大阿闍梨は学問研鑽行事である勧学会に何年も出仕して修学し、阿闍梨位についてから15年から20年を経て、約10年に1度しか行われない学修灌頂に入壇した僧侶のみが昇進できる位。学修灌頂は完全な秘儀ですが、高野山御影堂で弘法大師空海御影に直接接し、直弟子になるものといわれます。 伝燈大阿闍梨は、加行を終えた僧侶に密教の秘法を伝える伝法灌頂においては、大阿様として導師になる立場です。 そんな菅澤師ですが、助けを求める市井の人々の相談にのり、法力で大勢を救ってきました。師の加持祈祷は、受け手の方々を目の前にしている場合だけでなく、顔も見たこともない遠方の場合でも効果をあげています。雑誌「パワースペース」の特集で、「ガンを治す驚異の密教僧」として紹介されたこともあります。 また気さくで暖かい人柄を多くの人に慕われ、求めに応じて全国を飛び回っています。菅澤師はまだ高校生だった頃、人生の転機となる神秘体験をしています。導かれるように川に入ったとき、目の前に太陽のようなものがあらわれ強烈な光に照らされたのです。その太陽はどこを向いても正面に見え、非常に心地良かったといいます。まだ正式に行に入る前でしたが、以後友人知人のため祈ってあげると、面白いように願いが叶うようになりました。やがて高野山別格本山遍照光院前官・酒井真典師(高野山大学元学長)の弟子となり、高野山大学密教学科に学びます。級友たちは菅澤師がなにか口に出すと、話された内容が次々と実現してしまうと怖がったといいます。 3回生のとき、究極といえる体験をします。当時菅澤師は、なにかに呼ばれている気がして高野山奥の院(空海入定の地)に1日5回も通っていましたが、あるとき自分の中で過去・現在・未来が同時に整列し、不生不滅の意識そのものとなり、自他の区別のない慈悲の意志だけがある世界を体験したのです。この体験以後、菅澤師の法力はいよいよ強烈なものとなり、病者加持の祈祷を学ぶと凄まじい効果を発揮しました。新米だった菅澤師のもとに、当時の高僧等から病気平癒祈祷の依頼がきたほどです。高野山大学を卒業したあとも、菅澤師は台密(天台密教)、チベット密教、神道、キリスト教、ユダヤ教、ヒンズー教を学びました。第二回シカゴ世界宗教者会議に参加したときは、ダライ・ラマ法皇に接見しています。現在でも多い時は年に3回もインドに行くなど、多忙な日々を送っています。菅澤師によれば、龍神はダイナミックなエネルギー体で、大いなる富をもたらすとのことです。高野山伝燈大阿闍梨が直々に開眼された龍神は、世の中の役に立つための財力の獲得に、強い力を発揮することでしょう。★ 渾身の力作龍神を作り上げた津田潔志氏は、愛媛県松山市に生まれ、東京造形大学在学中からこの道一筋の造形作家です。いま円熟期に入り、大手企業から多数の依頼を受けるとともに、後進の指導にも力を入れています。本作品はじっくり時間をかけて完成された氏の力作です。龍神の激しさ、力強さ、威厳が見事に表現されています。 室内でおまつりするための天然木曾ヒノキの枡がつきます。お部屋の清浄な場所に安置して水をお供えするだけです。 ぜひこの機会に、あなた様の守護神に。
49000 円 (税込 / 送料別)
金運と芸能上達高野山伝燈大阿闍梨・菅澤照真師開眼入魂「弁財天」 純銀製24金鍍金
◆ 高野山伝燈大阿闍梨・菅澤照真師開眼入魂 ◆ 作者:津田潔志 ◆ 材質:純銀(SV925)製24金鍍金 ◆ 高さ:31mm ◆ 重さ:約25g ★ 歴史を動かした秘密の祈祷源頼朝と有力武将たちが弁財天の前に集まり、秘密裏に呪いの儀式を行っていた史実をご存じでしょうか? 幕府公式歴史書『吾妻鏡』に記された真実とは?記録では1182年4月5日となっています。まだ頼朝が鎌倉に御所を建てて間もない不安定な時期です。頼朝は北条時政、畠山重忠、土肥実平、和田義盛らを引き連れ、江ノ島を訪れます。表向きの理由は、頼朝の夢を実現するために、強い実現力を持つ弁財天(弁才天)を新たに祀り、開眼入魂の儀式を行うこと。弁財天に魂を込める開眼法要は、武将たち列席のもと厳かに執り行われました。鎌倉幕府を守っていくことになる強力な守護仏が誕生した瞬間です。命がけの戦いを勝ち抜いてきた武将たちは「運」を制御する重要性を実感していて、弁財天のような頼りになる神仏の力を積極的に活用してきました。ところがこの日の会合には、もう一つ隠された目的がありました。吾妻鏡が機密事項として書いているのは、強大な軍事力と財力を誇る奥州の覇者・藤原秀衡を呪うこと。開眼入魂のあと、弁財天のまえで稀代の怪僧・文覚が鬼気迫る呪詛をはじめます。激しい読経の声、血走った目、ほとばしる気迫、凄まじい殺気、その場は異様な雰囲気に包まれました。文覚は加持祈祷の名手として知られた僧で、平清盛を呪い殺したとして名声が高まっていました。その文覚が弁財天を加持祈祷の本尊とした事実は、まだ弁財天像の作例が少なかった平安時代末期に、すでにプロの世界では威力が知られていたことを示しています。7年後、頼朝は奥州藤原氏を滅ぼします。そして1192年、征夷大将軍に任命されました。祈りは成就しました。★ 弁財天が龍神の姿に!江ノ島で弁財天の開眼法要に臨席した北条時政は、鎌倉幕府成立後に島にこもって深い祈りを捧げています。そのとき弁財天が出現したことが『太平記』に記されています。巻五に次の記述があります。「鎌倉時代のはじめ、北条時政は江ノ島に参籠して子孫繁栄を祈り続けた。21日目の満願の夜、赤い袴を着た、威厳があって容姿端麗な女性が忽然と時政の前に現れて『子孫は永く日本の支配者となって栄華を誇るであろう。しかし正しい行いをしなければ七代以上続かない』と告げて去った。時政が姿を追うと、女性はたちまち二十丈(60メートル)もの龍となって海中に姿を消した。現れた跡を見ると大きな鱗が3つ落ちていた。時政は『所願は成就する!』と喜び、その鱗を紋にしようと旗に押しつけた。(北条家が家紋とした)三つ鱗の紋がそれである」太平記は、北条家が七代を過ぎてもなお天下の権を握っているのは、このとき龍神の姿で現れた弁財天の御利益であると記しています。北条氏の血は現代に至るまで脈々と受け継がれています。★ 人々を救った法力弊社の弁財天を開眼入魂した菅澤師は、真言密教最奥の伝燈大阿闍梨(でんどうだいあじゃり)の位を持つ、潮音寺の住職です。開眼とは心の眼を開き、魂を込めること。「性根」が入ることで、美術品でなく、持つ人を本当に守る守護仏になるのです。高野山の伝燈大阿闍梨は学問研鑽行事である勧学会に何年も出仕して修学し、阿闍梨位についてから15年から20年を経て、約10年に1度しか行われない学修灌頂に入壇した僧侶のみが昇進できる位。学修灌頂は完全な秘儀ですが、高野山御影堂で弘法大師空海御影に直接接し、直弟子になるものといわれます。伝燈大阿闍梨は、加行を終えた僧侶に密教の秘法を伝える伝法灌頂においては、大阿様として導師になる立場です。そんな菅澤師ですが、助けを求める市井の人々の相談にのり、法力で大勢を救ってきました。師の加持祈祷は、受け手の方々を目の前にしている場合だけでなく、顔も見たこともない遠方の場合でも効果をあげています。雑誌「パワースペース」の特集で、「ガンを治す驚異の密教僧」として紹介されたこともあります。また気さくで暖かい人柄を多くの人に慕われ、求めに応じて全国を飛び回ってきました。菅澤師はまだ高校生だった頃、人生の転機となる神秘体験をしています。導かれるように川に入ったとき、目の前に太陽のようなものがあらわれ強烈な光に照らされたのです。その太陽はどこを向いても正面に見え、非常に心地良かったといいます。まだ正式に行に入る前でしたが、以後友人知人のため祈ってあげると、面白いように願いが叶うようになりました。やがて高野山別格本山遍照光院前官・酒井真典師(高野山大学元学長)の弟子となり、高野山大学密教学科に学びます。級友たちは菅澤師がなにか口に出すと、話された内容が次々と実現してしまうと怖がったといいます。3回生のとき、究極といえる体験をします。当時菅澤師は、なにかに呼ばれている気がして高野山奥の院(空海入定の地)に1日5回も通っていましたが、あるとき自分の中で過去・現在・未来が同時に整列し、不生不滅の意識そのものとなり、自他の区別のない慈悲の意志だけがある世界を体験したのです。この体験以後、菅澤師の法力はいよいよ強烈なものとなり、病者加持の祈祷を学ぶと凄まじい効果を発揮しました。新米だった菅澤師のもとに、当時の高僧等から病気平癒祈祷の依頼がきたほどです。高野山大学を卒業したあとも、菅澤師は台密(天台密教)、チベット密教、神道、キリスト教、ユダヤ教、ヒンズー教を学びました。第二回シカゴ世界宗教者会議に参加したときは、ダライ・ラマ法皇に接見しています。真言密教は富裕になることも、立身出世も、良き異性に巡りあうこともすべて肯定すると菅澤師はいいます。この身このままで悟りを開くと共に、繁栄、健康、成功、名声等の全てにおいて、自分自身の人生を完成させるものだといいます。過去でも未来でもなく、現在が大切なのであり、それで無ければ私達の人生とは何なのでしょうと説きます。伝燈大阿闍梨が直々に開眼された弁財天は、大いなる飛躍をもたらすでしょう。★ 優しい母のような弁財天弁財天は財産や芸能上達をもたらす力で篤い信仰をあつめてきました。学問や智慧を司るヒンドゥー教の女神サラスヴァティーが仏教で信仰されるようになったのが弁財天で、『金光明最勝王経』はその力を「もし財を求めたなら多く得られる(若求財者得多財)」と説いています。悠久の歴史のなかで無数の人々が実感し、実際に豊かになり、そして深く感謝してきた力です。原型師として名高い津田潔志氏が丹精込めて作り上げた弁財天は、暖かさと気品、そして心寄せる人をしっかり守る力強さにあふれています。純銀製24金鍍金。ぜひこの機会にどうぞ。
40000 円 (税込 / 送料込)